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寿福の世界デビューの話 その2。


こんにちは。寿福酒造場です。

5月の仕込みは大詰めを迎えております。また今年の麦のレポートもしますのでお楽しみ。


今回のブログは3月の続き、寿福世界デビューその2の話を少しだけ。


時を遡ること2019年。フランスのとある編集者からとある書籍を作るために取材をさせてもらえないか、と連絡がありました。



その名もLIQUID ROADBOOK JAPAN[リキッドロードブックジャパン]。



パリにおけるスピリッツの二大イベント「カクテルスピリッツパリ」や「カクテルウィーク」を立ち上げ、運営しているティエリー・ダニエルとエリック・フォサールのコンビが日本全国各地の「LIQUID=液体」にスポットをあてて、その生産者と地域を実際に取材して心に残った物語を綴っていくというもの。



焼酎を始め、醤油やリンゴジュースなど日本各地の「LIQUIDリキッド」が登場します。


熊本の人吉市と球磨郡から大石酒造、林酒造、高田酒造そして私たち寿福酒造の4蔵。それぞれの蔵への着目ポイントが絶妙に異なり非常に興味深い内容になっています。










絹子の生き様と寿福酒造




寿福酒造の物語は、四代目絹子が主役。取材に訪れた二人は絹子の人生そのものにグッときたようで、内容の大部分は絹子の生き様について、そして当時は珍しかった女性杜氏の話へと展開していきます。


せっかくなので少しだけ抜粋してご紹介します。



まずは、冒頭の部分から。





”72 歳だというこの女性が放つ静かなる力強さに、私たちは心を打たれた。

写真写りが悪いこと、目がかゆく(結膜炎なのだろうか)少し目が潤むのよ、と彼女は言いながら付けていた美しい前掛けを外し、ようやく腰を下ろす。


私たちが問いかけたわけでも、彼女が話すのを準備してたわけでもないが、絹子はこの60 年間の日本の社会と政治の歴史の旅に私たちをいざなってくれた。

世界中で同じようなことは起こっているが、特にこの地(人吉)の超男尊女卑主義かつ超保守的な日本社会において、男性の抑圧から解放され、自立する権利を獲得しようとする女性たちの静かな闘いについて絹子は3 時間かけて語ってくれた。彼女は一度も政治活動家にはならなかったが、静かに、ひたすら毅然と生き、戦ってきた。”





物語は絹子の人生を通して寿福酒造の歴史を見つめながら、今の蔵の話へと移ります。




もう一つ、結びの部分から抜粋。





”彼女の並外れた人生の軌跡はよく知られている。彼女は有名人であると同時に、ブラックスワン(にわかに信じられないことが起きた時に使う表現です。滅多にみられることはないが、まったく存在しない訳ではない事象を指します。)でもある。

数年前から息子の良太が焼酎づくりの責任者を引き継いでいる。どんどん進化しているこの絹子と良太を見ていると、彼女が生き抜いてきた冒険の大きさを物語っているように感じる。

真の勇敢なる母の姿だ。

良太は社長となった母絹子と共に、杜氏として自立的に生きている。彼は新しい道に踏み出し、他の様々な種類の蒸留を試み、母親のようにコニャックやアルマニャックに発想を得て、寿福の焼酎をより高みへと発展させてる。

これを敢えていうのなら、互いの愛と尊敬を(焼酎を通して)表現しているということ。

ここには、現代の意識を体現する日本という国そのものがある”





残念ながらフランス語のみでの発刊ですが、写真もとっても素敵なので機会があればご覧になってみてください。







ちなみに…蔵には翻訳したものがありますので、お越しになった方でご興味ある方はお声がけください!


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